私が「野球」、「王さん」を、耳にすると、何故か、「巨人の星」を、思い出します。

古い話で、すみません。


中学校の頃だったでしょうか、「巨人の星」がテレビで放映されていました。

最初、「飛雄馬」の幼いころ、「野球が何」、というよりも、

「父親と子」の人情漫画のような、いつも見ていて「ほろっと」なっていました。


飛雄馬が成長し、「高校野球」そして、巨人軍に入り、「野球の試合」になると、

「野球ルール」をまったく、知らなかった、私は、それなりに詳しい友達に、

その都度、教えてもらうようになりました。

フォアーボール、

つまり、バットを振ってもいないのに、何で、一塁に歩けるのか、

さえ、知りませんでした。

まずは、

パリーグ、セリーグに分かれていて、各6球団ある、から知りました。

当時は「巨人、阪神、中日、大洋、広島、ヤクルト」

「阪急、南海、日本ハム、ロッテ、近鉄、西鉄」だったでしょうか。

「巨人の選手」の方々も、「巨人の星」に、出てきました。

「飛雄馬」も「伴」「花形」「左門」、も、さも、現実の選手のようでした。

当時

、川上監督、長島氏、王氏、森氏、高田氏、柴田氏、金田氏、堀内氏の方々が、

漫画の中に、出て、名前を知りました。

そして、忘れもしません。

飛雄馬の「大リーグボール1号」を最初に投げた時のバッターは

「背番号1番の王さん」でした。

このころテレビでは遅いので、


週間漫画「マガジン」の発売を待って本屋さんに駆け込み、

「巨人の星」だけを立ち読みしていました。

結構、長く続いてあり、でも、私自身が忙しくなり、最終回はあまり記憶にありませんが、

今も「王さん」を拝見すると、「巨人の星」が、浮かびます。


当時九州では「西鉄ライオンズ」が全盛期

「稲尾さんや中西さん」が活躍されていました。

その後、

「PL高校」時代の「清原選手」、「池田高校」の「水野選手」

テレビをよく見てました。

活躍、よく、覚えています。



いまだに、野球のことは、詳しくなく、ミーハーですが、

「王さん」「城島さん」「選手の方々」

「ダイエー」応援します。

今年も、頑張ってください、
今日のお題は「野球」です。

H16年3月28日
朝刊「公式戦開幕、ドーム沸く」「鷹連パへ好発進」と、あり、

王貞治監督の写真が一面に出ていました。